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海の日・両陛下、帆船日本丸を視察 [皇室関係]

2017年7月17日・「海の日」、
天皇、皇后両陛下は
帆船日本丸や横浜みなと博物館(横浜市西区みなとみらい2丁目)の展示
「帆船日本丸の航跡」などを視察した

両陛下は、船員やボランティア約100人が、
日本丸の帆29枚すべてを広げる「総帆展帆(そうはんてんぱん)」の様子を見学

陛下は眼鏡をかけ、
「今日は風が少ないから良いでしょうね。風が強い時は大変でしょう」
「(帆を張る人が)あんまり高齢の方だと危ないですよね」
などと話していたそうです

日本丸は1930年に造られた船員を養成するための練習帆船
約55年間、海原を帆走し1万人以上の船乗りを育てた功績が評価され、
国の重要文化財に指定される見通しだという

また両陛下は、日本郵船歴史博物館(同市中区)も訪れ、
戦争で死亡した社員を追悼する「殉職戦没社員冥福祈念像」に一礼した



  ( ^^) _旦~~

 両陛下、とってもとってもお忙しいでしょうに
 なんだか、日本で一番お忙しい ご夫婦なのではないでしょうか 
 なんだか、いいなぁ~   (*˘︶˘*).。.:*♡
 と、いつも思ってしまいます

 羨ましいなぁ~と、
 激務で大変なことこの上ないと思います
 でも、いつもお互いのことを思いやっている
 そして
 家族のこと、日本のこと、世界のこと・・と
 
 自分のことしか考えていない人が増え続けているように思える昨今
 テレビにお姿をみかけると
 なぜか、ほっとするのは
 私だけではないですよね (*´∀`)









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陛下とドゥトルテ大統領の面会は中止☆比大統領にメッセージ [皇室関係]

10月27日・・・

 三笠宮崇仁さまの逝去を受け、天皇皇后両陛下は、27日から7日間、喪に服される
 
 夕方から予定されていた、陛下とフィリピンのドゥテルテ大統領との面会は、中止となった

 逝去を受け、両陛下や皇太子ご一家、秋篠宮ご一家など皇族方は、
 27日から11月2日までの7日間、喪に服されるという
 また、三笠宮妃百合子さまは90日間、
 そのほかの三笠宮家や高円宮家の皇族方は30日間、それぞれ喪に服される

 これにともない、陛下は、27日夕方に皇居で予定されていた、
 来日中のフィリピンのドゥテルテ大統領と面会を取りやめられ、
 11月1日の秋の園遊会も中止が決まった

 これまで、高齢の三笠宮さまの体調を案じられてきた両陛下は、27日朝、
 危篤の知らせを受け、すぐに病院を見舞いたいとの意向を示されていたという

   
 天皇陛下は27日午後
 予定されていたフィリピンのドゥテルテ大統領との会見が
 三笠宮さま逝去のため中止になったことを受け、宮内庁の秋元義孝式部官長を通じて、
 大統領に「お会いすることがかなわず残念に思います」などとするメッセージを伝えられた

 陛下は27日午後5時から、皇居・御所で大統領と会見する予定だった
 秋元式部官長によると、メッセージは英文で、
 「大統領の日本での滞在が実り多いものであったことを希望します」などとする内容
 今年1月に皇后さまとフィリピンを訪問した際の対応への感謝にも触れられていた

 式部官長が午後4時ごろ、
 滞在先のホテルで直接メッセージを伝えると、
 大統領は真摯(しんし)な態度で聞き入り、
 「陛下の深い悲しみを共有するとともに、心から哀悼の意を表します
 いつか陛下とお会いする機会があると確信しています」と応じたという 

  
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三笠宮崇仁さまご逝去 「戦争」と「昭和」を背負ったその生涯 [皇室関係]

昭和天皇の末弟で天皇陛下の叔父、三笠宮崇仁(たかひと)さまが27日午前8時34分、
心不全のため入院先の聖路加国際病院(東京都中央区)で亡くなられた

100歳だった

宮内庁によると、
信頼できる記録が残るなかで100歳を超えた皇族は三笠宮さまだけで、
史上最長寿だったとのこと=3つの時代の生き字引でした=
軍部で戦争を体験した最後の皇族であった
戦時中、陸軍参謀として南京に派遣された経験などから戦争への深い反省を抱き続け、
戦後は歴史学者として古代オリエント史の研究に情熱を注いだ

宮内庁によると、
三笠宮さまは今年5月中旬からせき込むようになり
5月16日に同病院で急性肺炎の診断を受けて入院、
天皇、皇后両陛下は6月30日、三笠宮さまを見舞われた肺炎は回復したが、
心機能の低下で治療を続けていた
27日午前7時40分すぎから心臓の拍動が遅くなるなど容体が急変、
妻の百合子さま(93)が最期をみとられたという

天皇、皇后両陛下は7日間、喪に服される

皇位継承順位は5位
三笠宮さまの逝去で、天皇と皇族からなる皇室は19人に、皇位継承資格者は4人に減った


斂葬の儀 来月4日

宮内庁は27日、三笠宮さまの本葬にあたる 「斂葬(れんそう)の儀」 を、11月4日午前10時から
東京都文京区の豊島丘墓地で営むと発表
妻の百合子さまが喪主を務める


三笠宮さまは第1次世界大戦さなかの1915年(大正4年)12月2日、
大正天皇の第4皇子として誕生
学習院中等科を経て陸軍士官学校、陸軍大学校に進み、大本営陸軍参謀として勤務されたが、
戦時中の陸軍の戦争指導には一貫して批判的な姿勢を示された

戦後は歴史学者の道を歩み、東大文学部研究生として古代オリエント史を専攻
海外の史跡調査など精力的に活動された
54年には日本オリエント学会を設立し、会長に就任
翌年から東京女子大や青山学院大の講師として20年余り教壇に立たれた
テレビ、ラジオの市民講座にも出演し、率直な発言と気さくな人柄で親しまれた

また、戦後間もないころに昭和天皇の生前退位や女帝を容認する意見を表明
皇室の在り方にも
「菊のカーテン」という表現で、閉鎖性を批判することもあったという
神話に基づく紀元節(現在の建国記念の日)復活に反対するなど
歴史学者らしい合理的な考え方を持たれていた

41年に高木正得子爵次女の百合子さまと結婚
寛仁(ともひと)さま、桂宮宜仁(よしひと)さま、高円宮憲仁(のりひと)さまと、
近衛忠煇・日本赤十字社長夫人の長女●子(●はうかんむりに心に用、やすこ)さん、
千宗室氏夫人の次女容子(まさこ)さんの3男2女に恵まれた

しかし、高円宮さまは2002年11月に47歳の若さで急逝
12年6月には寛仁さま、14年6月にも桂宮さまが共に66歳で亡くなられ、
お子さま方に相次いで先立たれた

三笠宮さまは01年9月に軽度の慢性硬膜下血腫で手術を受けられ、回復
08年6月には心臓の弁がうまく閉じずに・・・心臓から大動脈に送られるべき血液が逆流する・・・
持病の「僧帽弁閉鎖不全」による急性左心不全で入院された
96歳だった12年7月には僧帽弁閉鎖不全の手術を受け、順調に回復されていた

15年12月には100歳(百寿)を迎えられた

三笠宮さまの逝去を受け、宮内庁は27日、11月1日に予定していた
天皇、皇后両陛下主催の園遊会を中止すると発表した

また27日午後に予定していたフィリピンのドゥテルテ大統領と天皇陛下との会見も取りやめる方針

園遊会は、過去に昭和天皇が死去した1989年や東日本大震災が発生した2011年などに
中止されたケースがある

  ◆「戦争」と「昭和」を背負い続けたその生涯◆

▼▲「正義の戦いでなかった」南京の経験語り大戦批判▲▼

 「偽りを述べる者が愛国者とたたえられ、
 真実を語る者が売国奴と罵(ののし)られた世の中を、私は経験してきた」

 戦時中に日本軍参謀として中国・南京への駐在を経験された三笠宮さま
 戦後、皇族の立場で「聖戦」の実情を批判的に回顧し、大きな反響を呼んだ

 紀元節復活の動きにも反対し、復活に賛成する関係者の反発を招いたが、
 自らの見解は曲げなかった

 三笠宮さまが南京に赴任したのは、陥落から約5年後の1943年
 軍紀の乱れを知り、現地将校を前に「略奪暴行を行いながら何の皇軍か」
 などと激烈な講話をした
 当時を回顧した56年の著書「帝王と墓と民衆」では、
 「聖戦」とはかけ離れた現実に「信念が根底からゆりうごかされた」と明かしている

 「罪もない中国の人民にたいして犯したいまわしい暴虐の数かずは、
 いまさらここにあげるまでもない」「内実が正義の戦いでなかったからこそ、
 いっそう表面的には聖戦を強調せざるを得なかったのではないか」
 
 反響は大きく、非難する文書が三笠宮さまの周辺に配られた
 三笠宮さまは当時、
 「経験と視野はせまいかもしれないが、私は間違ったことは書いていない」と説明している

 神武天皇が即位したとされる2月11日を祝う「紀元節」復活の動きには、
 57年に歴史学者の会合で「反対運動を展開してはどうか」と呼び掛けた
 59年編著の「日本のあけぼの」では「こんな動きは、
 また戦争につながるのではないだろうか」と懸念も示した

 98年に国賓として来日した中国の江沢民国家主席(当時)には、
 宮中晩さん会の場で「今に至るまで深く気がとがめている
 中国の人々に謝罪したい」と話したという
 2006年に出版された江氏の外遊記録で判明した 

 終戦間際、陸軍内の戦争継続を主張する勢力から協力を求められたが、
 断固として拒否したとされる

 現在の皇族の中でただひとり、軍人として戦地で戦争を体験
 
 日本を破滅へと追い込んだ軍部独走への怒りと、
 自分らもその一員に加わったことへの反省は戦後、平和の大切さや国際親善の重要性を
 一貫して訴える原動力となった

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眞子さまデート「側衛」つきでも ラブラブ~♡ [皇室関係]

  眞子さまに熱愛スクープ (*˘︶˘*).。.:*♡
今月10月2日の日曜日、眞子内親王ことまこさま=秋篠宮文仁さまと紀子さまの第1子女=が
デート現場を週刊女性にスクープされました (*˘︶˘*).。.:*♡

写真が撮られたのは~
渋谷と横浜を結ぶ東急東横の車内、そこにはドアにもたれかかるラブラブ~な一組のカップルが♫

男性が女性の充電中のスマホを覗き込み
「次は、マーちゃんの携帯も見せてよ」

  <ですって~マーちゃんと呼ぶほど仲がいい!? 
   眞子さまファンには、きっと聞き捨てならないでしょうね~w~

「ブサイクだから、やだぁ~」

  <いやいや・・全然嫌がってないでしょう、この男・・・眞子さまファンを敵にまわしたぞw
   よほどの覚悟がないと、でもこんな公の場で・・・普通の人?側衛つきで平気?誰だ??

眞子さまは『ユニクロ』の花柄のワンピースに、グレーのロングカーディガンと黒革のミドルブーツに
縁のある眼鏡をかけ、猫の柄のバッグをもって、その中からのびている充電器のコードは
彼が除き込むスマホにつながっていた そうで・・・ 

  <あついあつい・・・

ペアリングと見受けられるおそろいのアクセサリーを身につけて、
ときより彼氏が眞子さまの髪やおでこにボディータッチをしていたというから
微笑ましい限り (*˘︶˘*).。.:*♡

皇族、というだけでいろいろな制約がまず思い浮かんでしまう
自分のこと=自由よりまず、国=国民みたいな・・・
恋愛くらいは自由にと思いたくても、そうはいかないんだろうなぁ~

「側衛」がついているっていうことは、きっとある程度公認されている人なのだろうか?
だったら、暖かく見守って
幸せになってもらいたいな~って思う

ガッチリ体系の目鼻立ちの濃いイケメンってことだけれど、きっと優しい人なんでしょうね


<<側衛>>
イヤホンを耳に差しながら、ふたりを遠巻きに見守る私服の男女
彼らは「側衛」と呼ばれる、皇室護衛官
皇室の方々を守るボディーガードというわけ、私的な外出先でも不足な事態に備えている

宮内庁関係者によると
「側衛はあくまで皇室の方々の護衛が職務、“危険”が迫らなければ黒子に徹するのみ」とのこと

そんな側衛がさり気なく目の端でとらえているのは、「マーちゃん」と呼ばれていた
秋篠宮ご夫妻の長女・眞子さま

眞子さまは天皇・皇后両陛下の孫である内親王で、将来の天皇である悠仁さま(10)の姉になるお立場

交際相手がどんな人物で、ふたりの将来をどのようにお考えなのかは気になるところ・・・

眞子さまを知る関係者
「眞子さまの恋人が、学習院出身者であれば、順当というか安心ですね
やはり皇族はお立場上、たまたま出会った人とのお付き合いはしにくいものです
学習院出身者なら、お互いに小さいころから知っていますし、
ご家庭のこともある程度わかりますからね」

  <つまり、学習院出身の人ってことなのだろうか?


デートの翌日、眞子さまはテニスの『楽天ジャパンオープン』へのご臨席が控えていたが、
彼はそれを気遣ったのだろう
“カノジョ”のお住まいの最寄り駅である、銀座線の青山一丁目駅で一緒に降りていった……

 幼稚園から高校まで学習院に通学されていた眞子さま

眞子さまは、幼稚園から高校まで学習院に通学されていた
大学からはICU(国際基督教大学)に進み、スキーサークルにもお入りに
英国のエディンバラ大学に留学し博物館学を専攻されました

卒業後は、レスター大学大学院に留学し修士号を取得され、
今春から東京大学総合研究機構の特任研究員に。この秋からは、
ICUの大学院の博士課程にも在籍されることになりました」  (宮内庁担当記者)

留学から帰国した昨秋から、公的活動にも数多く取り組まれている

「お父さまから日本テニス協会の総裁を引き継ぎ、
今年は故・桂宮さまから日本工芸会の総裁職も受け継がれました

9月にはパラグアイを公式訪問し、10月には岩手県の国体に臨席するとともに、
台風10号の被災地を皇室として初めて訪問されました


 =・ 皇室ジャーナリストが今後の懸念を示す ・=
 「現在、女性皇族方は皇室に残るべきか否か、悩まれているのではないでしょうか
 
 皇族の高齢化が進むなか、
 女性皇族が結婚しても皇室に残り活動を続ける『女性宮家』の制度化が、
 天皇陛下の『生前退位』のお気持ち発表で再び注目されています」

 今までは両陛下の長女・黒田清子さん(47)のように、女性皇族は一般男性と結婚すると、
 皇籍を離脱し民間人に
 
 女性宮家を認め、仮に眞子さまが今回のカレと結婚した場合、夫は「皇族」になるのか、
 眞子さまと一緒に公的活動を行うのか─お相手にとっても悩ましいことだ

 
 学習院関係者のなかには“祝福ムード”のひとも ♡
 「マコシー(眞子さまのニックネーム)に、彼氏がいると聞いて安心しました
 高校までのマコシーは、サバサバして男っぽいところがあり、
 男性や結婚についてはあまり興味がなさそうでしたから」・・・

 

 
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皇后さま82歳、宮内記者会から質問と回答全文 [皇室関係]

=質問=
この一年も自然災害や五輪・パラリンピックなど様々な出来事がありました
八月には、天皇陛下が「象徴としての務め」についてのお気持ちを表明されました
この一年を振り返って感じられたことをお聞かせください

=回答=
昨年の誕生日以降、
この一年も熊本の地震を始め各地における大雨、洪水等、自然災害は後を絶たず、
これを記している今朝も、早朝のニュースで阿蘇山の噴火が報じられており、
被害の規模を心配しています
8月末には、台風10号がこれまでにない進路をとり、東北と北海道を襲いました
この地方を始め、これから降灰の続くであろう阿蘇周辺の人々−とりわけ今収穫期を迎えている
農家の人々の悲しみを深く察しています
自然の歴史の中には、ある周期で平穏期と活性期が交互に来るといわれますが、
今私どもは疑いもなくその活性期に生きており、誰もが災害に遭遇する可能性を持って
生活していると思われます
皆(みな)が防災の意識を共有すると共に、皆してその時々に被災した人々を支え、
決して孤独の中に取り残したり置き去りにすることのない社会を作っていかなければならないと感じています

今年一1月にはフィリピンの公式訪問がありました
アキノ大統領の手厚いおもてなしを受け、この機会に先の大戦におけるフィリピン、
日本両国の戦没者の慰霊が出来たことを、心から感謝しています
戦時小学生であった私にも、モンテンルパという言葉は強く印象に残るものでしたが、
この度の訪問を機に、戦後キリノ大統領が、筆舌に尽くし難い戦時中の自身の経験にも
かかわらず、憎しみの連鎖を断ち切るためにと、当時モンテンルパに収容されていた日本人戦犯
105名を釈放し、家族のもとに帰した行為に、改めて思いを致しました

夏にはリオで、ブラジルらしい明るさと楽しさをもってオリンピック、パラリンピックが開催され、
大勢の日本選手が、強い心で戦い、スポーツのもつ好ましい面を様々に見せてくれました
競技中の選手を写した写真が折々に新聞の紙面を飾りましたが、健常者、障害者を問わず、
優れた運動選手が会心の瞬間に見せる姿の美しさには胸を打つものがあり、そうした写真の
幾つもを切り抜いて持っています

前回の東京オリンピックに続き、小規模ながら織田フィールドで開かれた世界で2回目の
パラリンピックの終了後、陛下は、リハビリテーションとしてのスポーツの重要性は勿論のこと
ながら、パラリンピックがより深く社会との接点を持つためには、障害者スポーツが、健常者の
スポーツと同様、真にスポーツとして、する人と共に観る人をも引きつけるものとして育ってほしい
との願いを関係者に述べられました
今回のリオパラリンピックは、そうした夢の実現であったように思います

今年の嬉しいニュースの一つに、日本の研究者により新しい元素が発見され、
ニホニウムと名付けられたことがありました
またこの10月には、大隅良典博士がオートファジーの優れたご研究により生理学・医学部門で
ノーベル賞を受けられました

50年以上にわたり世界の発展途上国で地道な社会貢献を続けて来た日本の青年海外協力隊が、本年フィリピンでマグサイサイ賞を受けたことも嬉しいことでした
この運動は、今ではシニア海外ボランティア、日系社会青年ボランティア及び日系社会シニアボランティアと更にその活動の幅を広げています

ごく個人的なことですが、いつか一度川の源流から河口までを歩いてみたいと思っていました
今年の7月、その夢がかない、陛下と御一緒に神奈川県小網代の森で、浦の川のほぼ源流から海までを歩くことが出来ました
流域の植物の変化、昆虫の食草等の説明を受け、大層暑い日でしたが、よい思い出になりました

最近心にかかることの一つに、視覚障害者の駅での転落事故が引き続き多い事があります
目が不自由なため、過去に駅から転落した人の統計は信じられぬ程多く、今年8月にも残念な事故死が報じられました
ホーム・ドアの設置が各駅に及ぶ事が理想ですが、同時に事故の原因をホーム・ドアの有無のみに帰せず、更に様々な観点から考察し、これ以上悲しい事例の増えぬよう、皆して努力していくことも大切に思われます

この一年間にも、長年皇室を支えてくれた藤森昭一元宮内庁長官や金澤一郎元皇室医務主管、
「名もなく貧しく美しく」をはじめ数々の懐かしい映画を撮られた松山善三氏等、沢山の人々との別れがありました

国外では、この9日、文化の力でポーランドの民主化に計り知れぬ貢献をされたアンジェイ・ワイダ氏が亡くなりました
長年にわたり、日本のよき友であり、この恵まれた友情の記憶を大切にしたいと思います

日本のみならず、世界の各地でも自然災害が多く、温暖化の問題も年毎に深刻さを増しています
各地でのテロに加え、内戦の結果発生した多くの難民の集団的移動とその受け入れも、
世界が真向かわねばならぬ大きな課題になっています
そのような中で、この夏のリオ五輪では難民による一チームが編成され、注目を集めました
四年後の東京では、この中の一人でも多くが、母国の選手として出場出来ることを願わずにはいられません
世界の少なからぬ地域で対立が続く中、長年にわたり国内の和平に勇気と忍耐をもって取り組んで来られたコロンビアのサントス大統領が、今年のノーベル平和賞を授与された事は感慨深いことでした

8月に陛下の御放送があり、現在のお気持ちのにじむ内容のお話が伝えられました
私は以前より、皇室の重大な決断が行われる場合、
これに関わられるのは皇位の継承に連なる方々であり、
その配偶者や親族であってはならないとの思いをずっと持ち続けておりましたので、
皇太子や秋篠宮ともよく御相談の上でなされたこの度の陛下の御表明も、
謹んでこれを承りました
ただ、新聞の一面に「生前退位」という大きな活字を見た時の衝撃は大きなものでした
それまで私は、歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかったので、
一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません
私の感じ過ぎであったかもしれません

この1年、身内の全員がつつがなく過ごせたことは幸いなことでした
1月には、秋篠宮の長女の眞子が、無事留学生活を終え、
本格的に成年皇族としての働きを始めました
真面目に、謙虚に、一つ一つの仕事に当たっており、愛(いと)おしく思います

この回答を書き終えた13日夜、タイ国国王陛下の崩御という悲しい報せを受けました
私より六つ七つ程お上で、20代の若い頃より兄のような優しさで接して下さっており、
御病気と伺いながらも、今一度お会いできる機会をと望んでおりました
王妃陛下、王室の皆様方、タイ国民の悲しみに思いを致しております








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皇后さま82歳を迎えられる(10月20日) [皇室関係]

皇后さまは20日、82歳の誕生日を迎え、天皇陛下の「退位」をめぐるお気持ちを文書で表明

82歳となった皇后さまは文書で感想を寄せられた
天皇陛下がビデオで「生前退位」の実現に強い思いを示したことについて、
皇室の重大な決断に関わるのは皇位継承者に限られるとして、
「皇太子や秋篠宮ともよくご相談の上でなされたこの度の陛下のご表明も謹んでこれを承りました
と述べ、自身の意見を明らかにすることは控えられました

「謹んでこれを承りました」 との感想・・・これは初めて公にされる感想です

「新聞の一面に『生前退位』という大きな活字を見たときの衝撃は大きなものでした」
「歴史の書物の中でもこうした表現に接したことがなかったので、
一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません」と振り返り、
「生前退位」という表現への違和感も明かされている
「衝撃」の理由に触れ、「私の感じ過ぎであったかもしれません」と結ばれている

陛下が生前退位の意向を宮内庁関係者に示していることは、新聞各紙が7月14日の朝刊で報じた
宮内庁関係者は皇后さまの感想について「『生前』という言葉に接して、
その裏にある『死』を連想されたのではないか」と話している

( ^^) _旦~~
宮内庁によると・・・
皇后さまは今年1年間・・(まだ10月ですけれど^^;)
海外賓客や各国駐日大使らの接遇、各種式典への出席など、342件の仕事をされているとか、
5月には天皇陛下と日帰りで熊本地震の被災者を慰めるなど、全国の被災地にも心を寄せ続けている

昨年8月、心臓の冠動脈に軽い狭窄が認められからは、注意深く経過観察を続けている
体調維持のため、地方訪問から戻った翌日でも、午前6時に起床し、6時30分に陛下と一緒に散策する規則正しい生活を送っている
週末には陛下とテニスをたのしむなど適度な運動にも努めている
趣味のピアノも、仕事の合間を縫って練習を続けているという

=☆=余談=☆=
私は、夫婦の最高の形、がこの両陛下ではなかなぁ~と思うことがある
いつも2人、どこへいくにもふたり
お互いをいたわりあってて、なんだか羨ましいなぁ~と思えてしまう 
きっと、いろいろな事、思いを共有して生きてきていらっしゃるからなんだろうなぁ
それこそ、日本の喜怒哀楽を

( ^^) _旦~~ 
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天皇陛下の生前退位・18年想定・・法整備は来年視野 [皇室関係]


政府関係者が18日に明らかにしたところによると

政府は天皇陛下の生前退位について、
2018年を想定して法整備を検討しているこという

位を陛下一代に限る特別法を軸に
来年の通常国会での成立を視野に入れている

宮内庁関係者によると、
陛下は周囲に平成30(2018)年までは在位するとの趣旨の話をしているという

陛下は8月8日に退位への思いを強くにじませたビデオメッセージの冒頭で
「戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には、平成30年を迎えます」と言及
政府、与党内では「退位は18年がリミットというのが陛下の気持ちだ」との受け止めが広がっている







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両陛下、ベルギー国王夫妻と結城 [皇室関係]

天皇、皇后両陛下は12日午前、国賓として来日しているベルギーのフィリップ国王夫妻を
茨城県に案内するため、東京駅発の新幹線の臨時専用列車で同県に到着

出発に先立ち、両陛下は東京駅で国王夫妻を出迎え、列車に乗り込んだ

ベルギーのメッヘレン市と国際親善姉妹都市を結んでいる茨城県の結城市を訪問されれ、
ユネスコの無形文化遺産に登録されている結城紬の地機織りの実演のほか、桐下駄や
桐たんすなどを見学した


両陛下は12日正午すぎ、国王夫妻とともにJR結城駅前の多目的施設に到着し、
両国の小旗を持って出迎えたおよそ6000人の人たちに笑顔で手を振って応えられました
施設では歓迎セレモニーが行われ、地元の中学校の吹奏楽部員たちがベルギーで
1960年代にヒットし、日本でも親しまれた「サン・トワ・マミー」を披露しました

   ユネスコの無形文化遺産に登録されている「結城紬」の機織りの実演を見学

結城紬はすべての工程が手作業で行われるのが特徴で、保存会の会員が「地機」と呼ばれる
日本で最も古い型の織機を足で操作し、反物を織り上げるとフィリップ国王は「織るのには
どのくらい時間がかかるのですか」などと質問してたということです
またマチルド王妃は、完成した反物を見ながら皇后さまと親しく言葉を交わし
「とても繊細ですね」などと話していたそうです

13日は国王夫妻が一連の歓迎に対するお礼のコンサートを開き、両陛下や皇族方が出席される
とことになっているとのことです

歓迎のセレモニーで、結城市で200年以上続く伝統の神楽を披露した須藤克己さん
「無心であっという間でした
ベルギー国王からすばらしいパフォーマンスだったと言っていただき、
神楽をやっていくうえでの誇りになりました」と話していました

迎のセレモニーで、日本でも親しまれたベルギーのヒット曲、「サン・トワ・マミー」を演奏した
結城中学校吹奏楽部の部長の松尾衿菜さん
「1か月間、練習をしてきて一番の演奏を披露することができました
皇后さまから、来年のコンクールも頑張ってくださいと声をかけていただき、
うれしかったです」と話していました

天皇皇后両陛下とベルギーの国王夫妻に「結城紬」の説明にあたった
「本場結城紬技術保持会」の野村寛司会長は、
「天皇陛下から『これからも続けていってほしい』と声をかけていただき、
後世に引き継ぎたいという思いが強くなりました」と話していたそうです


  皇居で宮中晩餐会

国賓として来日したベルギーのフィリップ国王夫妻を歓迎する宮中晩餐(ばんさん)会が11日夜、
皇居・宮殿で開かれた
天皇、皇后両陛下の主催で、皇太子ご夫妻や皇族方、安倍晋三首相夫妻らが出席
宮内庁によると、出席者は170人で平成に入って最多という

 天皇陛下は乾杯に先立ち、ベルギー王室と長年にわたって親交を重ねてきたことに感謝の意を表した
日本と同国が150年前に国交を開いたことに触れ、
「我が国の近代化にとり、そのお手本の一つである貴国との交流は非常に重要なもの」と話した
さらに、「貴国は我が国にとって欧州への玄関口としての役割を引き続き果たしていくことと確信しております」
と述べたうえで、今回の国王夫妻の来日を「両国の友好・協力関係を更に進展させるもの
となることを願っております」と語った

 フィリップ国王はあいさつで東日本大震災に触れ、「一致団結して苦難に立ち向かう共に再起する、
共に未来を描く貴国の能力に感嘆しています」と述べた
また両陛下について日本国民の
「喜びと苦しみを担いつつ、日本の美点を体現してこられた」と述べ、
「思いやり深い姿勢」に敬意を表すると語った

宮内庁幹部によると、晩餐会では、
天皇陛下が3月に同国で起きた連続テロに哀悼の意を示し、国王が感謝の意を伝えた





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初会合「天皇の公務負担軽減に関する有識者会議」10月17日 [皇室関係]

  天皇、生前退位 有識者会議 初会合

政府は、天皇陛下の生前退位などについて検討する有識者会議の初会合を今月17日に開く方針
を固めた
 
初会合には安倍総理大臣も出席、今後の議論の進め方などが協議される見通しだという

天皇陛下のお気持ちを表明されたことを受けた検討が、やっと本格化するようです

政府は、先月9月23日に、経団連の今井敬名誉会長らをメンバーとする
「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」を設置
そして、関係者の日程を調整した結果、17日に初会合を開く方針を固めた

初会合には安倍総理大臣も出席、会議の座長をメンバーの互選でび、今後の議論の進め方など
が協議される見通し

メンバーには、今井氏のほか、慶應義塾の清家篤塾長、東京大学の御厨貴名誉教授など、
合わせ6人が起用、ほとんどが皇室制度の専門家ではないらしい

菅官房長官は、先に「高い識見を有すると同時に組織の経営や管理など経験が豊富な方々を
選んだ」と述べていて、政府には、予断を持たずに検討を進める狙いがあるものと見られる

有識者会議では、今後、憲法や歴史、それに、皇室典範などについて知見を持つ専門家を
招いて意見を聞き、課題や問題点を整理して国民にも提示する予定で、天皇陛下がお気持ちを
表明されたことを受けた検討が本格化ししていく


   =・=9月30日の閣議後の記者会見=・=
<菅官房長官> ・・・天皇陛下の生前退位などについて・・・

 「政府が、来月中旬にも、有識者会議の初会合を開き、
 具体的な対応の検討を始めるとしたことに関し」

 「憲法上、天皇の地位は国民の総意に基づくものとされている。
 さまざまな専門的な知見を有する方々から有識者がヒアリングを行って課題や問題点を
 整理し、国民に伝え、さらに議論を深める中で、国民の幅広い意見を反映した形で提言を
 まとめていただく」と述べました。

 天皇の公務負担軽減等については
 「有識者会議で予断を持つことなく静かに議論を進め、議論を経て一定の方向が示されれば、
 それを踏まえて政府として対応したい
 また有識者の議論が一定の段階に至った時点で、与野党も交えた議論についても考えたい」
 と述べました。
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“象徴としてのお勤め”についての天皇陛下のお言葉 [皇室関係]

  

戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には、平成30年を迎えます。
私も八十を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの
歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。
本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、
天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、
これまでに考えて来たことを話したいと思います。

即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の
望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける
責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が
、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、
人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。

そのような中、何年か前のことになりますが、2度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の
低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが
困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む
皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。
既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、
これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと
案じています。

私が天皇の位についてから、ほぼ28年、この間私は、我が国における多くの喜びの時、
また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。
私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて
来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、
思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、
国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への
理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、
常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、
日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、
大切なものと感じて来ました。
皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、
国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを
私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、
国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、
幸せなことでした。

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小して
いくことには、無理があろうと思われます。
また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、
天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。
しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、
生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。
天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、
国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、
天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き、
その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。
その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、
とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。
こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。

始めにも述べましたように、憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。
そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、
これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、
そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、
ここに私の気持ちをお話しいたしました。

国民の理解を得られることを、切に願っています。


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  首相「重く受け止める」

 安倍総理大臣は、天皇陛下が国民にお気持ちを表されたのを受けて、総理大臣官邸でコメントを
 読み上げる

 「本日、天皇陛下よりお言葉がありました
 私としては天皇陛下が国民に向けて、ご発言されたということを重く受け止めております
 天皇陛下のご公務の在り方などについては天皇陛下のご年齢やご公務の負担の現状に
 鑑みるとき、天皇陛下のご心労に思いをいたし、どのようなことができるのか、
 しっかりと考えていかなければいけないと思っています」と述べました
  

  官房長官「公務の在り方考えていく」

 菅官房長官は、天皇陛下が国民にお気持ちを表されたのを受けて、臨時に記者会見し、
 公務の在り方について憲法の規定を踏まえたうえで、引き続き、考えていくべきと認識
 天皇陛下のお言葉が憲法に抵触するかどうかについて、
 「国政に影響を及ぼすようなご発言ではなく、憲法との関係で問題になるというふうには
 考えていない」と述べました

  宮内庁長官「お気持ち理解されることを願う」

 天皇陛下が、ビデオメッセージでお気持ちを表されたあと、
 宮内庁の風岡長官が記者会見に臨み、
 「お気持ちが、広く国民に理解されることを願う」と述べました


 「生前退位」の意向示されたのは5年ほど前

 関係者によりますと、天皇陛下が「生前退位」の意向を示されたのは、今から5年ほど前
 以来、皇陛下は
 「象徴としての務めを果たせるものが天皇の位にあるべきで、
 十分に務めが果たせなくなれば譲位すべきだ」という考えを一貫して示されてきたということです


 天皇陛下は、昭和天皇の崩御に伴い、55歳で、今の憲法のもと、初めて「象徴」として即位


 
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